もだもだとなかなかくっつかない摂兵♀を周りのみんなが温かく見守りながら、ハッピーエンドを目指すお話です。
2018年4月、みんとが初めて書いた摂兵作品です。
※注意※
後編から少しハードなお話になりますが、(R-18)それもハッピーエンドを目指すための布石です。時間軸は夏組第四回講演後です。莇は今回は居ません。
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兵頭の髪が伸びた。
伸びたのは昨日今日の話ではないが、最近特にそう思うようになった。入団したての頃はかなり短めのショートヘアだったが、今は背中に届くまで伸びている。定期的に毛先を整えているところを見ると、意図的に伸ばしているようだった。存外に細くて艶のある髪がサラサラと揺れている。
「なぁ、伸ばしてんの? 髪」
自室のロフトベッドに寝転んでソシャゲのイベントを周回しつつ暇を潰していた俺は、不意に視界に入った揺れる髪へとほぼ無意識に問いかけた。興味をそそるように髪を結い始めたコイツが悪い。うなじがやけに細くて思わず目をそらす。髪が短かった頃は普通に見えてた場所なのに、どうして今更見ちゃいけねぇモン見ちまった気になるんだろうか。
「あ? てめーにゃ関係ねーだろ」
「関係ねぇけど、気になるだろ。あんだけ短かったんだから」
「知るか。切りに行く暇がねぇだけだ」
「ウソつけよ、毛先整えてんじゃん」
「どうでもいいだろ。てめーがどうこう言うことでもねぇはずだ」
兵頭は低い声でそっけなく会話のボールをはじき落とす。こいつはいつも俺の話を聞かない、可愛くないやつだ。兵頭は共用のローテーブルの前に座ってコンビニスイーツを堪能しようとしていたところらしく、邪魔されて機嫌を損ねたことが手に取るように分かる。今日のおやつは「ご褒美ナントカ」とかいってテレビが取り上げていたロールケーキだ。スポンジが1周ぶんしかなくて、真ん中の大きな穴に生クリームとカスタードクリームがこれでもかと詰まっている、見るだけで胸やけがしてくるアレだ。兵頭は俺に構わずスイーツに向き直って、甘ったるいだけのそれにスプーンを差し込んだ。
「ハッ、無駄に色気づきやがって。大学デビューかよ。似合ってねーぞ、ゴリラ女」
兵頭の興味が早々に俺から失われたのがなぜか面白くなくて、喧嘩の種をまく。コイツは女のくせに売られた喧嘩は律儀に買うやつだから、こうすればすぐにでもキツイ三白眼を怒らせて、突っかかってくるに違いない。
「…うるせぇな。分かってんだよ、そんなこと」
しかし、ヤツは珍しく小さな声で呟くと、ロールケーキを持って部屋を出て行ってしまった。バタン、と扉の閉まる乾いた音が、やけに耳に響く。
「ンだよ、かわいくねーやつ」
兵頭のやけにそっけない態度に、自分でも意外なくらいムカついた。モヤモヤした気持ちのままスマホに意識を戻すと、いつの間にか画面にゲームオーバーの文字が表示されていた。普段なら負けるはずのないステージでコンテニュー確認画面が出ていることに舌打ちして、ノーコンテニューをタップする。あいつのせいで、APが無駄になった。
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結局あれからイベント周回をする気にもなれなくて、いつの間にか寝てしまったらしい。辺りは薄暗くなっていて、手探りでスマホを引き寄せて時間を確認すれば午後の6時。喉の渇きを感じてロフトベッドを降り、キッチンへと向かうと夕飯のにおいがふわりと香って来た。よかった、今日はカレーじゃないらしい。
「臣さん。マカロニ、茹でたっす」
「おっ、じゃあよく水を切ってから、熱いうちに油を絡めてくれ」
「うす」
冷蔵庫を目指してキッチンを覗くと、そこにはいつもの背中の隣に意外な人物が立っていた。
「材料も、混ぜていいすか」
「ああ、味付けもこの間のくらいで大丈夫だから、任せてもいいか?」
「っす、できます」
「ああ、助かるよ」
驚いた。あの兵頭が、臣を手伝って夕飯の支度をしているとは。これが初めてではないのか、意外に慣れた手つきでマカロニサラダを作っていく兵頭の横で、臣は鍋から小皿にスープを取って味を確認している。
「うん、いいんじゃないかな。十座、味を見てくれるか?」
「っす」
兵頭は臣に差し出された小皿を受け取り、2、3度息を吹きかけてから皿に口をつけた。ちょっと待て、それはさっき臣が口をつけていたやつじゃないのか。
「…うめぇっす」
「そうか、よかった」
「じゃあ、これも」
そう言うと、兵頭は作っていたマカロニサラダを箸でつまんで臣の口に持っていく。待て待て、それはまさか。動揺する俺をよそに、兵頭が差し出したマカロニサラダが臣の口へと消える。あれはいわゆる「あーん」というやつではないのか。今時、恋人だってなかなかしねぇぞ。甘い雰囲気が漂ってきそうな二人の世界が、俺を置いて出来上がっていく。
「うん、うまい。十座は料理の才能があるな」
「こんなの、塩振ってマヨネーズぶっかけるだけスよ」
「シンプルだからこそ、加減が難しいんだ。こういうのはどんな料理でも同じだから、自信を持っていいんだぞ」
「…あざす」
臣に頭を撫でられて、ふわりとほほ笑む兵頭。なんだ、アイツあんな顔もできたのかよ。それなりに長い時間を同じ部屋で過ごしてきたはずだが、見たことのない兵頭の顔を目の当たりにして、俺は談話室に入った辺りで動けずに棒立ちになっていた。
「そういえば、伸びたな、髪。きれいだよ」
臣の長い指が一つにまとめられた髪の束を、まるで愛しいものに触れるかのような繊細な手つきでサラリと撫でる。
「はっ!? いや、きれいなワケねぇだろ」
返す兵頭の声が裏返っている。聞いたこともない高い声だ。俺と話すときは、本当に女かと疑いたくなるほどドスの利いた声を出すくせに。昼間、伸ばしてんのかって聞いた俺には関係ないとかほざいていたくせに。
「そうか? ショートもかわいかったけど、ロングヘアも色っぽくていいと思うぞ」
「色っ…、臣さん、おちょくるのもいい加減にしてくんねぇすか…」
「おちょくってなんかいないさ。十座はきれいな顔立ちをしているから、大人っぽくスタイリングしたらすごく写真映えするぞ」
「〜〜〜〜ッ、もう知らねぇ!」
たまらずキッチンから飛び出してきた兵頭と、視線がかち合う
「せっつ…」
ヤツの瞳が、言外に「見てたのか」と窺ってくる。耳まで真っ赤になって、眉が情けなく下がっている。こんな女、俺は知らない。
「…ひっでー顔」
そう言うと、眼前の女はなりを潜めて、視線だけで他人を射殺せそうな三白眼が戻ってくる。
「あんだと、コラ」
「ああ、わりぃわりぃ。おめーの顔がひでーのは元々だったな」
「…フン、言ってろ」
やっと見知った顔を見つけて安堵したのも束の間、兵頭は踵を返して臣のもとへと戻って行く。
「あ? コラ、逃げんな!」
追いかけようとして、臣と目が合った。子供を咎めるような何とも言えない視線に一瞬怯むと、その隙に兵頭は臣の後ろに隠れてしまった。ただキッチンの奥で作業をしているだけなのだが、この劇団で誰よりもタッパがあってガタイもいい臣の影になると、いくら大女の兵頭とはいえ見えなくなってしまう。
「万里。もうすぐ夕飯だから、喧嘩はその後でもいいだろ」
「っ、しねーよ!」
俺だって、兵頭よりは背が高いのに。体つきも、けっして細いわけではない。なのに、あんな風に自然に並び立つことはできない。俺たちはいつだってちぐはぐだ。それがどうしてか、とても面白くなかった。昼間から続くイライラが抜けなくて、晩飯はアイツが作っていたマカロニサラダにだけは箸をつけなかった。