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兵頭十座は今まで出会ったどんな人間よりも不器用で、生きるのがヘタクソなヤツだった。顔が怖いから、背が高いから、そんな理由で高校生ヤンキーのトップに担ぎあげられた哀れな女。身長は179センチと、そこらの男よりもずっと高い。スッと切れ長の三白眼や、キリリと勇ましく吊り上がった眉毛からは女々しさの欠片も感じられず、睨みをきかせた蛇のような迫力がある。加えて髪を短く切り、どうして許されていたのか謎だが、高校生の頃は男子の制服を着ていたため初見でアイツを女だと見抜けるヤツは居ない。よく見りゃ首や肩が細いし腰の位置も男とは違うが、それらは無駄に強い威圧感と服装によって完全に隠れてしまっていた。
そもそも俺に全治2週間の傷を負わせた拳の持ち主だ、アイツと手錠で繋がれるまでまさか女だなんて思いもしなかった。なんで男の格好ばっかするのかと聞いてみたことがあるが、兵頭はそっけなく「女の格好は似合わないから」と幸とは真逆のことを言っていた。まぁ、アイツが満足に着られるレディースはそうそう見つからないだろう。だからといって、売られるままに喧嘩を買い、気付けば一帯のヤンキー共を総崩しにしてトップに立っていたなんて何の冗談だ。さらにテッペン狙うヤツは無下にしないという謎の男気によって、その気がなくともよからぬ輩を誘い込む。それを一つ一つ丁寧に潰していくものだから、兵頭十座の悪名は不動のものになっていったのだ。まぁ、そのあたりは俺も他人のことは言えないので、あまり触れないでおこう。
そうして「最強の男」となった兵頭が、男として生きたいと思っているかといえば、そうではない。秋組の旗揚げ公演のとき、兵頭がポートレイトで吐露した感情は、周囲の認識によって折れてしまった兵頭の少女性が静かに悲鳴を上げる、悲惨なものだった。存在するだけで周りを傷つけてしまう自分が嫌いで、変わりたくて、だけどどうにもならなくて、諦めて…。それでも、「違う自分」を手に入れたいという魂の慟哭。兵頭は一人で立っていられる強さがあるばっかりに、他人に頼るということを知らない。それどころか誰かに頼られ、誰かを守る存在になっても独り立ちができるほどに強いのだ。だからこその願い。守られるお姫さまになりたいんじゃない。存在するだけで恐れられる獣の皮を剥ぎ取ってしまいたいという、純然たる願いがあるだけだった。
女であることを黙って劇団に入ったことは問題になったし、採用を取り消そうという流れになるのも当然だった。だけど、あいつはポートレイトだけはさせてくれと俺たちや監督に頼み込んで、見事にやりきったのだ。その時の俺は目に映るもの全てを舐めきっていたから、大根女がいくらあがいたって恥をかくだけだと思っていたし、惨めな思いをして劇団を去っていく姿すら想像していた。だけど、結果は違った。アイツの芝居は拙いけれど、誰よりも観客の心を掴み、揺さぶり、胸に詰まる苦しさを植え付け、それでも前を向くひたむきさに目がくらむような輝きを見せつけた。さすがに女であることには触れていなかったが、事情を知っている俺たちは、兵頭がこれまで味わってきた理不尽と挫折を垣間見たような気がした。
「ワガママを言ってすまなかった」ポートレイトで一番に選ばれた兵頭は、そう言って頭を下げた。
「俺は俺を捨てきるなんて器用なことはできないから、このまま生きていくしかないんだって改めて気付けた。テメェの気持ちに折り合いをつけるために、アンタらには迷惑を掛けた。謝って済むもんじゃねぇって分かってるけど、ケジメはつける。世話になった」
そう言って頭を下げた兵頭の肩が、微かに震えているのに気づかない俺たちじゃない。
「そうだな。このタイミングでもう一人探すのは無理だ。監督さんの綱渡りもここまでってことだ。春組や夏組のヤツらの努力も水の泡。お前が踏みにじったんだ、兵頭」
「———ッ、」
左京さんの言葉が、冷たく刺さる。兵頭の顔色がさっと青くなり、唇が戦慄く。反論の余地がないくらいの正論だ。誰も二の句が継げない。
「———だから、お前がオトシマエをつけろ。やり切ったような顔してんじゃねぇ。変わりてぇならウジウジ立ち止まってんじゃねぇよ。可能性を見出したなら、立てなくなるまで板の上で無様にあがいてみせろ」
「さ、きょうさん…?」
兵頭は何を言われているのか分からないような戸惑い顔で、太一も臣も、俺も同じ顔をしていた。だけど、監督ちゃんだけは左京さんの言葉を理解していて、震える兵頭の手を優しく包んだ。
「辞めなくていいんだよ、十座くん。あなたの気持ち、伝わったから。あなたがこれまで、どれほど傷ついて、どれだけの自分を捨ててきたか…私には想像することしかできないけれど、それでも胸が痛くて張り裂けそう。これ以上、自分を否定しないで。私たちと一緒に、好きだと言える自分を探そう」
「…でも、俺は男じゃねぇし…」
ぽろり、と兵頭の目から涙がこぼれた。他人が泣いているところなんて久しぶりに見たが、今まで見たどんな涙よりも哀しくて、きれいだった。
「そこは、それ。左京さんだって認めてくれたじゃない。あなたの想いは、性別がどうとか、そういう型にはめ込んでいいものじゃない。ルールは大事だけど、それを言い訳に可能性を潰すのは愚かな選択だと思うから」
「…認めて、くれたのか…?」
いやあれは罵倒してただろ、普通に。喉まで出かかった言葉を飲み込んで左京さんに目をやると、言葉選びのヘタクソなヤクザは、バツが悪そうにそっぽを向いた。
「十座サン! 俺、十座サンが女の人だったこと、びっくりしたけど…それでも十座サンがカッコよくて、痺れるくらい憧れるのは変わらないから! だからお願い、俺たちと一緒に居てくださいっス!!」
たまらずといったように太一が飛び出す。
「そうだな、監督が言うように、諦めすぎは心に悪い。一個ぐらい、譲らないでいてもいいんじゃないか」
臣の大きな手が兵頭の頭を優しく撫でる。するとまた、ぽろりと涙が落ちた。
「———だ、そうだ。どうする、リーダー」
「は? 俺?」
「他に誰が居るんだよ。まァだやるのやらないの言ってるようなら、小指つめさせんぞ、ガキ」
「左京さんが言うと冗談になりませんよ…」
監督ちゃんがやんわり制してくれたが、マジモンのヤクザに凄まれると流石の俺も肝が冷える。だが、左京さんに言われずとも答えはすでに出ていた。何でも余裕でこなせる俺にとって、人生なんてスーパーウルトライージーモード。誰よりも成功する自信はあった。それが今では、先の読めない毎日と計り知れない自分自身の可能性に、心がめちゃくちゃに掻き回されている。俺にもそれなりのプライドってモンがあるんだ、このままでいいはずがない。こんな世界に引きずり込んだ兵頭に、勝ったと思えるまでその背中を離してやる気なんかない。
「…勝ち逃げなんて許さねぇぞ、兵頭。俺は、お前に勝つ。喧嘩でも、芝居でも、ボッコボコにするまで諦めねぇからな。だから、いい加減逃げてねぇで俺の喧嘩を買えよ」
こんな気持ちは初めてだった。モノクロの日常に色が着いたどころの話じゃねぇ。腹の底から湧き上がった熱が、心臓を蹴り上げて体中が熱くなる。勝ちたい。死んでも負けたくない、競い合いたい。俺をこんなに熱くさせるのは、コイツしかいないと頭の隅で確信していた。
「摂津…ありがとう」
その時に見せた兵頭の泣き笑いの表情が、俺の心の真ん中にいつまでも居座ることになるなんて。興味本位でコイツに喧嘩をふっかけた昔の俺には、想像もできないことだろう。