君の後ろ髪を引かせて【前編】 - 4/7

 

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「あは、仲がいいんだね」
「悪くはねぇつもりだが…この年で弟と風呂に入るのはやっぱりおかしいモンなのか?」

 全員で食事を済ませ、男どもが入りきった後、俺は監督と風呂に入りながら、夕方のいざこざを話していた。

「うーん、そう、だね。年の近い姉弟なら、珍しいことかもしれない」

 監督は少し頬を赤らめて、困ったように答える。

「そうか。悪いことをしたな」
「どうして?」
「普通じゃなかったんだろ。アイツらにも気を使わせた。摂津も何かカリカリしてたし」
「ああ、万里くんはまぁ…気が気じゃなかったって言うか…」
「?」

 監督がまた赤くなる。そんなに湯の温度が高いだろうか。長い髪を結い絡げて湯に浸かる姿が、何というか、色っぽい。大人の女性なんだから当然だが、ガキにはない色気がある。そのくせ少し幼くて可愛らしい顔立ちをしているのがこの人の一番の魅力だと思う。
 本来、女というのはこういう人のことをいうんだと思う。小さくて細くて、守ってやりたくなる存在。でも決して弱いばかりではなくて、広い心で誰をも受け入れる、海のような存在。俺にはないものばかりだ。ないものねだりなんてみっともないが、あまりに理想に合った女性がそばにいると、そう思わずにはいられなかった。

「それにね、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。私たちは家族じゃない」
「ああ…」
「親しき中にも礼儀ありとも言うけど、頼ってもらえないのも寂しいものだよ。十座くんが私たちのことを想ってくれてるのに負けないくらい、私たちもあなたが好きなんだから。それは、万里くんも同じはずだよ」

 家族。真澄の一件があってから、俺たちが新たに認識を強めた、絆の形。二人きりだったきょうだいが一気に増えた感覚だ。可愛い弟も、憧れていた兄も、想像もしなかった姉という存在も、ここはたくさんの家族を俺にくれた。長い間一匹狼を気取っていた俺には余るほどの幸せだ。そこにアイツも居るのだろうか。…居てくれるのだろうか。

「…そうか。だけど、一緒に風呂に入るのは監督だけにしておく」
「あはは、それがいいかもね」

 九門とは小さいころから風呂に入ってきたし、家族のスキンシップとして普通のことだと思っていたから 、あんなに大騒ぎになるとは思わなかった。もしかしたらそういうことが他にもあるかもしれないから、気を付けよう。…少し、寂しい気はするが。

 風呂から上がり、体が冷めないうちに髪を乾かす。この間までは一瞬で終わっていた作業だが、髪が伸びてからはそれなりに時間がかかるようになった。

「伸びたね、髪」

 洗面所に並んで座り、あらかた髪を乾かし終わった頃、監督は俺の髪を撫でながらそう言った。何だか恥ずかしくて顔を合わせ辛く、鏡越しに窺い見た監督は穏やかに微笑んでいた。

「…最近よく言われる」
「へぇ、誰に?」
「九門と椋と、太一に幸、臣さんも。最近では東さんとか…あと、摂津」
「万里くんも!」

 摂津の名前を出すと、監督は途端に嬉しそうにする。心なしか視線も温かくなって、よく分からないが胸がざわついた。

「やっぱり、似合わねぇかな」
「みんなそう言うの?」
「いや、気を使っていい感じだの、その…、きれい、だの言ってくれる。だから勘違いしそうになるが、やっぱり摂津が言うように、似合ってないんだろ」

 こんなデカいだけの男女が、きれいなはずがない。何でもできて美大にも余裕で受かるほどにセンスも抜群な摂津万里様が言うのだから、今の俺は相当酷い状態なんだろう。それでもちょっとの憧れが抜けなくて、みっともなく髪を伸ばし続けている。

「万里くん…大事なとことでどうしてそう、男子小学生みたいな…」

 監督は片手で目を覆って、天を仰いだ。アイタタ、とでも言いだしそうな態度に、俺の疑念は募っていく。

「私はきれいだと思うよ。サラサラで、触り心地もいいし」
「…あざす」
「本気にしてないでしょ」
「はぁ…」

 だって本当のことだ。そんな咎めるような目で見られても、困る。

「俺みたいな大女が無駄に色気づいたって、キモいだけだろ。分かってんだよ」

 いっそバッサリ切ってしまった方がいいのかもしれない。もうすぐ新作公演もあるし、近いうちに切ってしまおう。

「確かに十座くんは背が高くてカッコイイけど、長い髪が似合わないなんてことはないよ」
「監督まで…気を使わせてすまねぇ。俺がバカみたいにデカいだけのひどい顔したガサツなゴリラ女だから…」
「いや、誰もそんなこと言ってないよ!? 椋くんみたいになってるし!」

 全部、本当のことだ。このところ摂津が言ってくる言葉も、全て現実。他の奴らは優しいから、言わないでおいてくれるだけなんだ。

「ううん、頑なだなぁ…。でも、伸ばしたい気持ちも本当なんでしょ? 何かきっかけがあったの?」

 きっかけというものはなかったが、心境の変化があったのは確かだ。だけど、これは誰に言えたものでもない。

「…別に、ここに居たら、大丈夫かなって思っただけだ」
「え…?」
「髪、乾いたぞ。明日も早ぇんだろ。さっさと切り上げて寝ちまおう」

 これ以上話していると、うっかり口を滑らせてしまいそうで、無理やり話を切り上げて脱衣所から逃げるように出て行った。俺はまだ、臆病なままだった。