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「至さん、私もう我慢できないかもしれません…」
「ワオ、どしたの監督さん。積極的だね」
「はぐらかすのやめてください」
カチカチカチとボタンを連打するリズミカルな音が静かな部屋に響く。いつものようにゲーム三昧の休日を過ごして、休憩がてら飲み物を取りに来たところを監督さんに捕まった。ゲームしながらでいいから話を聞いてくれとせがまれたのが数分前のこと。真澄が聞いたらまず間違いなく勘違いするだろう爆弾発言をしているのに気付かないくらい、彼女は追い詰められているらしかった。何に頭を痛めているのか、俺を含め数人の団員は知っている。
「ごめんごめん。見守るだけってのもツライよね」
うーうー唸る監督さんを横目に、俺は指を動かす。ポータブルのゲーム機に映し出されているのは俺が操作するキャラと、その何倍もの大きさがあるモンスター。モンスターの動きを先読みしつつタイミングよく回避と攻撃の動作を入力する作業を、ここ数日脳が溶けそうなほど繰り返している。ジャンプ切りの際、微かに発生するラグを使ってパターンを掴めば、AIがあまり賢くなく図体がデカいだけのモンスターは、反撃する間もなく倒されていく。いわゆるハメ技だが、コイツが落とす素材は武器の強化で無限に使うから、効率を優先してハメのパターンを研究したのだ。
「チッ、骨落とせよカス」
戦利品のないリザルト画面に舌打ちする。相変わらず、時間がかかる割に素材のドロップ率がしょっぱい。コイツの骨があと50本は必要だというのに。
「聞いてます?」
「聞いてる聞いてる。おっきい小学生の話でしょ」
新たな素材を求めてフィールドを移動しながら、不満そうな監督さんの相手をする。でも、大事な素材回収作業は続けさせてね。
「今時、小学生だってあんなことないですよ~~~! どうしよう、このままじゃこじれちゃうかも…」
「スーパーウルトライージーモードが聞いて呆れるなぁ。マジ草生える」
「もう! 面白がってないで!」
私、真剣なんですよ! とぷりぷり怒ってる監督さんが可愛い。茶化してやりたいところだけど、いじけられても困るので話を戻すことにしよう。
「まぁアレはさ、恋愛に本気になったことがないから、自分でもマジになってことに気付けてないんだよ。多分ね」
頭脳明晰、容姿端麗、文武両道、あと何? 天下無双とか? チートくさい四字熟語を総ナメにする小生意気な弟分は、今まさに初恋を拗らせようとしている。いやもう拗れてるか? 女なんて向こうから勝手に寄ってくるとかいう二次元臭い環境に身を置いてきたため、経験はそこそこあるくせにいざ自分が追いかける立場になると、途端に見事なまでの恋愛初心者っぷりを晒すハメになっているのだ。アレで非童貞とかマジか。
「でも、万里くんが女の子相手にあそこまで意地悪になるとは思いませんでした…」
「女の子だって思ってないからでしょ。十座のこと」
「…女の子ですよ、あの子は」
監督さんは不満そうに唇を尖らせる。そんなことは分かっている。確かに俺とほぼ同じ身長で威圧感たっぷりだけど、十座はまぎれもなく18歳の女の子だ。
「万里にとって十座はライバルで、負けたくないって気持ちの方が大きいんだと思うよ。今のところはね。十座は力も心もめちゃくちゃに強いから、闘争本能が恋心を邪魔してる。男っていうのは単純な生き物でさ、『あ、この人のこと守りたいかも』って思った瞬間に恋を自覚したりするんだ。今の万里は十座を守るっていう意思が明確に芽生えていないね。九門の代役を自分がやるって言いだしたのはいい傾向だと思うけど、もう一歩が足りてない感じ。行動では完全に十座を守りに行ってるのに、気持ちだけついていっていない。十座を背中にかばっておきながら、俺がコイツを守るんだって自覚していないっていう超面白い状況だね」
「至さん…そんなところまで分析できてたんですね…」
「だってアイツ分かりやすいし」
俺だって仲間のことは大切に思っているし、特に万里のやつには目をかけているつもりだ。なんだかんだ言って、面白くてかわいいヤツだから。
「でも、守ってあげたい人にしか恋愛感情が芽生えないっていうのは不思議です。…なんか、悔しいです」
「ああ、あれは万里の行動から読める一つの推測っていうか…か弱くて守りたくなる存在でないと女の子として好きになれないって言ってるわけじゃないよ。監督さんだって弱くなんかないし、俺たちを守ってくれてる、頼れる女の子でしょ」
「…至さん、誤魔化そうとしていません?」
すっ、と監督さんの目が据わる。ああ、男女におけるこういう話題は拗らせずに伝えるのが本当に難しい。
「してないよ。これは何というか、本能の問題なんだ。生々しい話になっちゃうけど、生き物には子孫を残す本能が備わってるでしょ。これだけ文明が発展して理性を手に入れた俺たちでさえ、本能にあらがえない部分があるんだよ、きっとね。その本能ってやつが、男の意地とか、そういうカッコ悪いところにつながっていくんだと思う。男の意地を刺激するくらい十座が強くてカッコイイから、つい競っちゃうんだ」
別に女性に対してマウントを取りたいわけではないのだけど、好きな子の前では格好つけたいとか、お前は俺が守るとか、そんなカユくなるような見栄を男の本能が引き起こしているんだと思う。結局俺らは植え付ける側だから、どうしてもひとりよがりになってしまう。上手な恋愛ができるかは、俺たちに標準装備されている本能というデバフをいかに制御して、相手を尊重するかにかかっているのだ。
「男にはそういう本能と戦う機会が、大人になるまでに2、3度あるってだけなんだ。万里の場合、葛藤しなくても受け入れられる容姿と『まぁこんなもんだろ』でなんとかなる容量の良さがあったから、今になるまで本能との闘いなんてしたことなかったんだろうな。だから傍から見たら恋心ダダ漏れなのに、本人はそれが恋だと気付いていないんじゃない?」
偉そうなことを言っているけど、俺も葛藤が必要になるような真剣な恋愛はしたことがない。だからこそ、必死で十座の気を引こうと子供じみた言動を繰り返す万里が哀れで、応援してやりたいと思うのだ。
「でも、意地悪されたら傷つきます。言わなくても察しろなんて、ずるいですよ。好きならちゃんと好きだって言ってほしいし、可愛くしてたら可愛いって褒めてほしいです。素直になれない気持ちは分からないでもないけど、それであまのじゃくになられても困ります」
そこなんだよなぁ。監督さんの意見は、女の子側の率直な気持ちだろう。女心がどうとか以前に、「好きの裏返し」なんてものが現実的に通らないことを教えてくれる貴重な意見だ。万里もそんな常識はとっくの昔に理解して、異性とそれなりの経験を積んできたはずなのに、それがことごとく本気じゃなかったばっかりに無様な男の部分が漏れ出てしまっている。アレが本当に小学生なら可愛げがあるのだが、今年大学生になった180センチを超える大男がそんな態度では、実るものも実らないだろう。
「十座くん、万里くんの意地悪を真に受けちゃってますよ。自分には長い髪が似合わない、可愛げのない大女だって、自分を卑下して譲らないんです」
「マジか…」
あーあ、万里乙。
「私たちがどれだけきれいだって言っても、万里くんが言うんだから本当はそうなんだろって」
「臣のベタ褒めも届かずか…根強いな」
十座はきれいだ。切れ長の目を縁取るまつ毛は長く、スっと通った鼻、薄い唇、きめ細かい肌。それらが絶妙なバランスで造形されている。キツく見えるということは、反面美しく整っているということでもある。一言でいえば迫力のある美人だ。タッパに気圧されてなかなか気付けないが、手足が長くスレンダーな体形はモデル顔負けのプロポーションだ。普段はサラシで潰しているようだが、出るところもきっちり出ているらしい。だから短い髪だろうが長い髪だろうが様になるし、年の割にはセクシーな雰囲気を漂わせている。俺たちは嘘なんかついていない。
「万里くんが言うことはもしかして、十座くんがずっと言われてきた言葉なのかもしれません。だから本当のことだって思っちゃうのかも…」
存在自体が畏怖の対象になると、自ら集団を避けて生きてきたという十座。ハサミ男じゃあるまいし、十座が居るだけで他人を傷つけるなんてあるはずがないのに。しかし、人は見た目が9割というのも事実で、小さいころから背が高くて力も強く、目つきがキツかった十座を受け入れられる同年代の子どもがいなかったというのも頷ける。ままならない過去だったのだ。
「トラウマ抉ってんのにも気付かないとは…十座のためにもそろそろ、ヤキ入れてやんないとダメかなぁ」
あんまり直接的な口出しはしたくないのだけど、これ以上拗れて失恋という形に収まってしまうのも寝覚めが悪い。
「十座くんも、もっと素直になれたらいいんですけどね。不器用で頑なで、ヤキモキしちゃう。褒められ慣れてなくて自信がないのはかわいそうだけど、こっちの言葉が届かないのも悲しいものだって気付いてくれたら、ちょっとは違うと思いませんか?」
監督さんが言うとおり、俺たちの言葉を信じてもらえないのは悲しい。いくら昔のトラウマが原因だとしても、そろそろ癒やしてしまってもいいはずの傷だ。しかし、それは誰もが癒やせるものではなくて、その力があるのはきっと、万里だけなのだ。
「そうだね。脈はアリアリなのに、どうして手を取り合うことができないかな…」
「誰と誰が手を取り合うって?」
ソファに隣り合って座っていた俺と監督さんの間に、突如現れたアサシンの影。監督さんの肩がびくりと大きく揺れた。もちろん俺も驚いたけど、誰かは容易に予想がつく。
「きゃあっ! まっ、真澄くん!? びび、びっくりした…おかえりなさい」
「気配遮断スキルとかマジか。真澄、俺の使い魔にならない?」
真澄はちょうど一人分空いていた俺たちの間に滑り込んで、さっそく監督さんにすり寄っている。
「ただいま。アンタが居なくて寂しかった」
「う、うん…そっか…お疲れさま、真澄くん」
「俺のこと待っててくれたんだ…嬉しい。 抱きしめたい…」
「意識遮断スキルまで習得済み…だと…」
ただシカトされてるだけなんだけどね。まったく、真澄の監督さんラブは一本筋が通った本物だ。そうそう、こういうのが必要なんだよ、恋愛には。
「さっき監督さんが言ってた男の困るとこ、真澄は絶対にしないよね。まさに100点満点」
「なにそれ」
監督のこととなると急に興味を示して、こっちを見てくる。まったく現金なヤツ。
「言わなくても察しろなんてワガママ言わないで、ちゃーんと好きって伝えること。可愛いなら可愛いって褒めること。それから、あまのじゃくになって困らせないこと」
口を開けば好きだ可愛い愛してるの連続。そのひとかけらでも万里が十座に言うことができたら、この話は終わりにできるのに。
「アンタ、そういう男が好きなの? じゃあもっとする。毎秒可愛い。好き、愛してる。結婚して」
「ちょ、ちょちょちょっ! 近い近い! 真澄くん落ち着いて!」
ついに監督さんの唇を狙いだしたガチ恋暴れん坊将軍の首根っこを引いてやる。何事も行き過ぎは禁物だけど、万里にはやっぱり真澄の爪の垢を煎じて飲ませてやったほうがいいのかもしれない。