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「いいぞ十座。きれいだ」
ファインダー越しに呼びかけると、十座はうっすらと頬を染めて甘く睨んでくる。
「気持ちわりぃの間違いスよ」
「どこが? 幸の作ったワンピース、すごく似合ってるぞ」
「…足がスースーする」
スカートなんて小学校低学年以来履いていないというのは本当のようで、所在なさげに裾を抑えるしぐさがなんとも可愛らしい。俺は大学生活最後のフォトコンで、十座に被写体を頼もうと少し前から決めていた。テーマは「たからもの」。なんともフワッとした範囲の広いテーマだが、それでまず一番に浮かんだのは、親父と弟たちと、天国の母さんだった。それから、MANKAIカンパニーのみんなと、かつての相棒の背中が少しだけちらついた。今の俺は宝物と呼べるものがあまりに多すぎて、とてもじゃないが写真1枚に収まるものではなかった。イメージも固まらず、ウンウンと唸るだけの日を過ごしてスケジュール的にも厳しくなってきたころ、ふと目に留まったのが十座の髪だった。背中にかかるくらいに伸びた髪は光を反射するとキラキラと輝いて、ポートレート撮影に合うだろうなと思った。十座の髪を伸ばし始めたのははっきりとは分からないが、寮で暮らし始めてからなのは確かだ。
ただのイメチェンだと思えばそれまでだが、その本心が気になって少し気を付けて十座を観察してみて、その理由はすぐに知れた。
(恋する乙女はなんとやら、だな)
十座自信に自覚があるかまでは分からないが、その金色の瞳が見つめる先にはいつも同じヤツが居た。目を合わせれば掴み合いの喧嘩を始めるくせに、人の心とはわからないものだ。…案外、二人にとっては運命の出会いだったのかもしれない。
そこで俺はピンときた。「たからもの」を想う十座を撮ると、彼女を通していろんな「たからもの」が表現できるのではないか、と。
それからの行動は早かった。海と少女とワンピース、という湧いて出たイメージを幸に伝え、十座に頼み込んで何とか撮影の許可を取り、よく晴れるという予報を信じて、白い砂浜が有名なビーチまで足を延ばした。暖かくなってきたとはいえ、オフシーズンのビーチに人影はない。写真を撮ることになっても十座は最後まで渋っていたし、幸が特急で仕立ててくれた白いワンピースを前に、何度も尻込みをしていた。それでも舞台役者としての経験のおかげか、レンズを向ければきちんとポーズを取ってくれた。
だけど、もうひとつ足りない。十座自身も俺の大切な宝物の一つだけど、俺が撮りたいのは十座と、十座を通して見える彼女の「宝物」だ。だけど、これは言葉で指示しても出てくるものじゃない。まして、演技で作っても意味がないものだ。
「寒くないか?」
夏の入り口で日差しが強い日とはいえ、ノースリーブのワンピース一枚でうろつけるほどの気温はまだない。
「っす。今日は暑いくらいだから」
「そうか? 寒くなったら言ってくれよ」
「うす」
くしゅん。
言ってる傍から、十座が小さくくしゃみをした。
「ほら、寒いんじゃないか」
「問題ねぇっす。撮影、進まなくてすんません、被写体が手こずらせちまって…」
「だから十座のせいじゃないって言ってるだろ? ごめんな、やっぱノースリーブはキツかったか」
少し鳥肌が立っているのがかわいそうで、腕を回して十座の肩を抱き込んだ。突然のことでびっくりしたようだが、抵抗はされなかった。
「…あったかいっす」
安心したような吐息を漏らし、肩口にすり寄ってくる。ああ、そういうところだぞ、十座。
「今日はもう上がるか」
「でも、もう提出期限まで時間ないんすよね?」
心配そうな瞳が見上げてくる。あれだけ嫌がっていたくせに、俺ばかり気遣ってくる十座の優しさに頬が緩む。
「写真も芝居と同じで、気負ったところでいいものが撮れるとは限らないからな。それより、十座が風邪でも引いたら大変だ」
抱きしめた体の温もりが存外に心地よくて「行こう」と言い出せず、口を開くことすら憚られて黙ったままでいると、十座がぽつりと呟いた。
「なんか、不思議な感覚っす」
「不思議?」
十座は俺に身を預け、目を伏せている。長いまつげが影をつくり、スッと通った鼻筋が美しい。とても画になる角度だった。俺は思わず、片手でカメラを構える。この体勢だとファインダーを覗くことは出来ないが、目算で角度を決めて腕を伸ばしてみる。
「俺はデカいから、こんな風に収まることなんてなくて。臣さんはすげーっすね」
「あー…まぁ、デカさじゃ負けないからな」
大きな体躯を自慢に思ったことはあまりないが、十座の幸せそうな顔をしている今この瞬間は、この体で良かったと思う。
「劇団の中だったら、珍しいこともないだろ。万里だってこれくらいの抱かれ心地はあると思うぞ」
「…なんであの野郎が出てくるんすか」
十座の声が少し低くなる。だけど俺にはそれが照れ隠しだってことくらい、お見通しだ。
「秋組の中では、俺の次にデカいだろ」
「まぁ、そうっすけど…アイツはありえねぇすよ。殴ってくるようなことはあっても、こんなこと」
確かに殴る蹴るの喧嘩をしたこともある二人だが、劇団に入ってから本気で殴り合ったことはないはずだ。まして十座の性別がはっきりと分かった今、もう一度本気で殴ろうとは万里も思ってないだろう。それなのに、十座は未だに自分が万里にとってただの喧嘩相手であるとしか思えていないようだった。普段の万里の態度を考えると、それも仕方がないことかもしれないが…
「そうか? 十座も知ってるだろ、万里はあれで優しいヤツだって」
「正気っすか?」
「ははは、正気だぞ。ちょっと生意気なところもあるけど、そこが万里の可愛いところだ。俺はアイツのそういう所が好きだな。十座もそう思うだろ?」
少し誘導尋問じみたことを言ってしまったが、十座の本心が知りたかった。
「…さぁ、どうすかね」
そう言って、十座は微笑んだ。
その瞬間、無意識にシャッターを押した。その笑顔が俺に大賞をもたらしたということは、言うまでもない。
後編へ続く…